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【3】1986年のゲームミュージック

 1986年は、ゲームミュージックにとって大きな飛躍となった年だ。
 その要因は、大きく3つ挙げられる。

(1)GMOレーベルが創立、ゲームミュージックのアルバムが続々リリース
 『VIDEO GAME MUSIC』に始まるゲームミュージック・アルバムを世に送り出したアルファレコードに、「GMOレーベル」が設立。第1弾『ファミコン・ミュージック』から、続々とゲームミュージックのアルバムが販売された。そのラインナップは、86年に限っただけでも

 ●コナミ・ゲーム・ミュージックVOL.1(6/25)
 ●カプコン・ゲーム・ミュージックVOL.1(8/25)
 ●コナミ・ゲーム・ミュージックVOL.2(9/10)
 ●テクモ・ゲーム・ミュージックVOL.1(9/25)
 ●セガ・ゲーム・ミュージックVOL.1(12/21)

 …と、かなりのハイペースでアルバムがリリースされている(ちなみにナムコとタイトーのアルバムは翌年発売)。
 中でもセガは、当時のマニアからレコード化が待ち望まれていたメーカーと言える。他メーカーのアルバムでは、収録タイトルを新旧取り混ぜて多めに取っていたのに対し、『セガ・ゲーム・ミュージックVOL.1』では『アウトラン』『スペースハリアー』『アレックスキッドのミラクルワールド』のみに絞り、代わりに曲をほぼフルバージョンで収録するほどのこだわりようだった。

(2)『スーパーマリオブラザーズ』の大ヒットによる企画物レコードのラッシュ
 前年9月に発売された同名ファミコン用ソフトは、息の長い大ヒットを飛ばし、加えて86年には続編の『…2』もディスクシステム用ソフトとしてリリースされた。つまり、85~86年にかけて、テレビゲームと言えば一般的には『スーパーマリオ』とほぼイコールだったわけである(さらに86年には、『ドラゴンクエスト』も発売されている)。
 そして、子供はもちろん大人にまで幅広い人気を獲得したこと、さらに『スーパーマリオ』自身が良質のゲームミュージックを持っていたことで、いわゆる「企画物レコード」がいくつか出されることになった。前述の『ファミコン・ミュージック』も、ジャケットに入っている画面写真は『スーパーマリオ』のものであることを考えると、GMOレーベル設立もこの波に乗じたものだと考えられる。つまり、『スーパーマリオ』の大ヒットが、間接的にゲームミュージックのレコードを市場が受け入れる土壌を作ったことになったと言っていいだろう。

(3)雑誌「BeeP」付録ソノシートの登場
 『VIDEO GAME MUSIC』を筆頭に、これまでレコード化されてきたゲームミュージックは、奇しくもPSG音源による曲が主体であった。しかし、この頃アーケードゲームにおいてはFM音源およびPCMが普及してきており、表現力の高まりがゲームミュージックに音楽としての主張を与え始めていた時期でもあった。
 そんな中、かねてよりセガ情報に注力してきた雑誌「BeeP」の86年11月号において、ソノシート「セガ・ゲームミュージック ソノシート」が付録としてついてきた。収録されたタイトルは『スペースハリアー』『カルテット』『ハングオン』『ファンタジーゾーン』の4作。いずれもセガのFM音源黎明期の名曲である。
 これに針を落とした瞬間、別次元の世界に連れて行かれたという人も多いだろう。

 管理人個人の話をすれば、この中で聴いたことがあったのは『ハングオン』と『ファンタジーゾーン』だけだった。前者は実際にゲームを遊んだとき、聞こえてくるベースがなんだか本物っぽいなぁ、と朧気ながら感じていたし、後者は『アウトラン』と並んで音楽が当時すでに話題となっていた。
 しかし、いずれにせよゲームセンターという空間では、それらの楽曲を満足な状態で聴くことが難しく、なんとなく「いい曲なんだろうなぁ」で終わってしまっていた。
 それがあのソノシートを聴いた瞬間、ノイズ混じりながら曲の全貌を知り、まさにカルチャーショックを受けてしまったのだ。当時まだ実機を見たことがなかった『スペースハリアー』『カルテット』ではさらに衝撃を受け、「ゲームミュージックはこんなことになっていたのか!」と思っていたのである。
 逆に言えば、当時のBeeP誌のスタッフにとってもこれらを何らかの方法で形に残し、世に広めたかったのだろう。それだけのインパクトを、これらの曲は放っていたのだ。そして、このソノシートでゲームミュージック・マニアになってしまった人も少なくない。

 こうした要因が重なり、1986年は一気にゲームミュージックの市場が拓けた年となった。
 ほかにも、この年の3月にはビクター音楽産業(当時)より、企画物レコードの一種『ビデオ・ゲーム・グラフィティ』が登場。さまざまな企画を盛り込んだアレンジアルバムとして、その完成度は高い。また、同年アポロン音楽工業(当時)に「コンピュージック」レーベルが発足し、『組曲 ドラゴンクエスト』や『オリジナル・サウンド・オブ・沙羅曼蛇』といったゲームミュージック関連の作品をリリース。
 まさしく1986年は、ゲームミュージックにとっての夜明けとなった年と言えよう。

 そして時代は、さらに進化のスピードを速め、短期間で幾たびもの激しい新陳代謝を繰り返しながら成長していくことになるのだ。

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