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【9】理想郷への脱出

 これまでも触れてきたように、80年代後半はゲームミュージック界において、大きな業界再編の波が押し寄せた時期であった。
 特に1988~89年は、サイトロンレーベルが発足し、またコナミのキングレコードへの一本化、ナムコとビクター音楽産業(当時)の蜜月と、コンピュージックも交えると大きな四本の柱が立てられた年になる。この四本の柱が、90年代のゲームミュージック界を牽引していくことになるのだ。

 しかし、88年にはもう一つ、ゲームミュージック関連のレーベルが発足している。
 それがレコード会社・ポリスターのゲーム音楽レーベル、「DATAM(データム)」だ。「DATAM」とは「DATA MUSIC」の略で、当時のロゴの下に小さくその表記がある。
 データムレーベルは1988年4月21日、アルバム『ソーサリアン全曲集 ALL SOUNDS OF SORCERIAN』を最初にリリース。その後、まだサイトロンからアルバムをリリースしていなかったデータイーストを取り上げた『デコ・ヒストリー DATA EAST GAME MUSIC SCENE ONE』、そして『ドラゴンクエスト』シリーズにまさに並び立とうとしていた『ファイナルファンタジー』を取り上げた、『ALL SOUNDS OF FINAL FANTASY I・II』と、精力的にアルバムを世に送り出していった。
 そのタイトル数は、『ALL SOUNDS OF ~』シリーズを軸に、88年だけでも5作。翌89年は9作と、当時のビクターと比べても早いペースで、ゲームミュージックのアルバムを作り続けていたのだ。

 データムレーベルの初期に見られた特徴として、まだ発売に至っていないゲームの曲を事前に収録し、いち早くリリースしていた点が挙げられる。
 例えば、前述の『デコ・ヒストリー』では、発売間もない(あるいは発売されていない?)データイーストの野球ゲーム『スタジアムヒーロー』を、『新作野球ゲーム』として収録している。しかもタイトルを伏せ字にし、そのタイトルを当てるクイズを出題。回答を募集し、正解者から抽選でアルバム未収録曲を収録したカセットテープをプレゼントするという企画を行っていたのだ。

 キラータイトルとなり得るFFシリーズまでも擁し、データムレーベルは順風満帆に発展していった…のかと言えば、じつはそうでもなかった。
 『ソーサリアン全曲集』はキングレコードの『ミュージック・フロム・ソーサリアン』と同日発売となり、その後のリリースペースにおいては完全に水を空けられてしまった。また、FFシリーズは服部克久父子の編曲と東京交響楽団の演奏による『交響組曲ファイナルファンタジー』を発売したものの、その後『ファイナルファンタジーIII』以降のサントラはNTT出版に移行することとなり、データムは『悠久の風伝説』という『~III』のアレンジアルバムを発売するにとどまった。
 他には『ラストハルマゲドン』『サイ・オ・ブレード』『サバッシュ』『サーク』など、当時のパソコンゲーム人気作のサントラを数多く手がけてきた。しかし、パソコンのゲームミュージックは当時、日本ファルコムが抜きんでた存在であり、それ以外のパソコンゲームはゲームミュージックにそれほど高い人気があるとは言えない情勢だった。
 また、上記のものも含めアルバム化するタイトルは比較的マイナーなものも多く、例えば東亜プランの『ワードナーの森』『ダッシュ野郎』『TATSUJIN』『ヘルファイヤー』などは、この時期のデータムがCD化しなければ、恐らく今までも、これからもCDとしては陽の目を見なかったと思われる。一部のマニアにとっては実に有難いCD化なのだが、音楽的な質は別にして、やはり大多数の「有名メーカーの曲ぐらいしか知らない」ファンや世間一般への訴求力としては、弱かったと言わざるを得ない。

 このように、データムは『ソーサリアン』や『ファイナルファンタジー』シリーズなどに早々に目を付けるも、やがて他社に奪われてしまうという痛手が続いた。また、パソコンゲームを中心とした他のゲームミュージック・アルバムも、看板となり得るタイトルに恵まれず、他のゲームミュージック・レーベルからは二歩も三歩も後れを取ることとなる。
 そんな最中、1990年にデータムレーベルは思い切った打開策に打って出る。
 なんと、母体であるレコード会社・ポリスターから独立し、「株式会社データム・ポリスター」を設立するのだ。果たしてそれは“ポリスター”という会社のワクから抜け出る必要があったからなのか。その独立に至る経緯は定かではない。
 ともあれ、独立後もそのスタンスは変わらず、パソコンゲームのサントラを中心に、『オウガバトル』シリーズなど新たなカードも手に収め、CDをリリースしていった。
 また、92年からは自社でゲームソフトの開発・販売も開始。年に1~3作のゲームソフトをリリースし、それに付随するサントラも自社で販売するという“自給自足”とも言うべき方法論を、いち早く確立・実践したのだ。同社は97年に『ルームメイト~井上涼子~』がヒットし、自社ブランドとしては初めてとも言うべき看板タイトルを手に入れることとなる。
 その後も美少女ゲーム(アダルトゲームにあらず)を中心に作品をリリースし、現在まで息の長い活躍を見せている。

 ゲームメーカーが自社でレーベルやレコード会社を持つようになったのは、わりに最近の話である。しかし、データム・ポリスターはその“自給自足”スタイルを、90年代初頭から実現させていた。そして時代の荒波を乗り越え、その牙城を今もって護り続けているのは、驚嘆に値すると言ってもいいだろう。
 あるべき理想をいち早くつかんだデータム・ポリスターは、今年5月に創立18年目を迎える。

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