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【16】1990――新時代の種はすでに蒔かれていた

 1990年。90年代最初の年。
 そこには単に1989年から一年経過しただけにとどまらない、ある種の期待と不安が交錯していた。60年代、70年代、80年代と、各年代がそれぞれの特徴を持つ中、果たして来たるべき90年代はどういった時代になるのか…。
 それはゲームにおいても同じ事が言えた。1978年の『スペースインベーダー』で火が付いたテレビゲームは、紆余曲折を経て成長を遂げてきた。もちろん、ゲームミュージックもまた伴走するように成長し、さらにはバンドがゲームミュージックをライブ演奏する…という、それこそ10年前には全く想像すらできなかった時代が訪れたのである。

 しかし、ゲームミュージックのアルバムに限って言うと、90年代の始まりである1990年、その前半は意外なほど静かな滑り出しだった。
 話題作となると、2月に発売されたコナミの『グラディウスIII/コナミ矩形波倶楽部』ぐらいのもの。あとは正直なところ、小粒な作品ばかりと言ってもいい。ただ、この『グラディウスIII』はオリコンで初登場26位に食い込むという、ゲームミュージック界で初の偉業を成し遂げたアルバムであるとのこと。同年6月には、オーケストラアレンジを施した『交響詩グラディウスIII』もリリースされるなど、その楽曲は高く評価された。

 そんな中、じつは90年代にゲームミュージック界を席巻することとなる二つのものが、始まりの年であるこの1990年に生まれていたのだ。

 ひとつはSNKのニューハード、NEO・GEO(ネオジオ)
 6月21日に発売されたアルバム『NEO・GEO SOUND POWER -G.S.M.SNK 2-』は、NEO・GEO初期の5タイトル『NAM-1975』『ベースボールスターズ・プロフェッショナル』『トッププレイヤーズ・ゴルフ』『麻雀狂列伝(西日本編)』『マジシャンロード』を収録。それまでのSNK基板のサウンドとは一線を画する音色に、驚いた人も多いだろう。
 もともとNEO・GEOは、発売当初「凄いゲームを、連れて帰ろう。」というキャッチコピーの元、アーケードと全く同じゲームができるハードとして話題を呼んだ。とはいえ、初期のタイトルは非常に地味で、その優れた基板性能とは裏腹になかなかヒット作には恵まれなかった。
 しかし、この後も辛抱強く作品のリリースは続き(残念ながらこの時期の他作品はほとんどCD化されていないが)、翌91年には『ASOII』『2020スーパーベースボール』、そして『餓狼伝説』でゲーマーの注目を浴びる。そして1992年の『龍虎の拳』以降、対戦格闘ゲームの新たなる雄として一躍名を上げていくこととなり、あわせてそのサウンドも評価されていくこととなる。
 そうした来るべき時代の礎は、この1990年に築かれたものと言えよう。

 ちなみに、前述のアルバムにあわせて、非売品のカセットテープ『NEO・GEO SPECIAL ARRANGE VERSION』というものも作られた。こちらはA面に『ベースボールスターズ・プロフェッショナル』、B面に『NAM-1975』のアレンジバージョンを数曲ずつ収録。とくにA面は、作曲者の所有する高価なビンテージギターによる演奏が聴きどころだった。

 そしてもうひとつは、サイトロン1500シリーズより5月21日に発売された、データイーストのCD『空牙』
 データイーストの音楽は、これまで88年5月10日に『DATA EAST GAME MUSIC』(GMOレーベル)、同年9月25日に『デコ・ヒストリー DATA EAST GAME MUSIC SCENE ONE』(DATAMレーベル)と、アルバムを2枚リリースしてきたのみ。そして翌89年6月21日に、ようやくサイトロンより『GAME SOUND DECO -G.S.M.DATA EAST 1-』を発売。『スタジアムヒーロー』や『ファイティングファンタジー』『ロボコップ』などのほか、同社のピンボール作品『トルピード・アレイ』『タイムマシーン』も収録するなど、充実した内容で評価は高かった。
 しかし、その後CDのリリースは約一年間、ぱったりと途絶えてしまう。決してゲームが出ていないわけではないのだが、1500シリーズにもなかなかラインナップとして加えられなかった。ただ、89年にデータイーストは音源を向上させた新基板を採用し、とりわけその音源を活かした『空牙』の伸びやかなギターサウンドは、一部ファンに鮮烈な印象を残していた。
 そのサウンドが、ゲーム本体のリリースより大幅に遅れてこの年CD化されたのだが、ここに思いも寄らない猛毒が仕込まれていたのである。同社サウンドチーム所属の三人がギター・ベース・ドラムを担当した、アレンジバージョン「VAPOR TRAIL」だ。
 これまでのゲームミュージックのアレンジは、シーケンサーを使った打ち込み曲や、キーボードを前面に押し出したものがほとんどだった。もちろんそれも良いものなのだが、もっと激しい方向性がどこかで望まれていたのも確か。フュージョン調が多かった従来のゲームミュージックよりも、よりにハードに、より一般的なロックに近いサウンドを待ちわびる者も多かった。
 そこに来て、この「VAPOR TRAIL」では純粋にギター・ベース・ドラムのみで構成された、非常に骨太なサウンドが聴く者に衝撃を与えた。MARO(G)、アトミック花田(B)、ングジャ三浦(当時はオレガ三浦)(Dr)と、データイーストの社員たった三人で、皆が聴きたかったサウンドをズバリ叩きつけてきたのだ。S.S.T.BANDやZUNTATAなどが注目を浴びる中、誰もがまったくノーマークだったデータイーストからこのようなサウンドが生まれることを、当時誰が予想していただろうか? 毒薬を飲まされた人は、それを味わう直前まで、それが毒薬だとは知る由もなかったハズだ。
 もちろん、この作品を境にデータイーストのサウンドは大いに注目を浴び、バンド結成への気運が一気に高まることとなる。それは後に“GAMADELIC(ゲーマデリック)”というバンドで実現するのだが、それについてはまた後日書きたい。

 この二つのものを生み出したSNKとデータイーストは、80年代に栄華を誇ったナムコ・コナミ・セガ・タイトーの4大メーカー、さらに高い独創性で人気を勝ち取ったアイレムカプコンらと比べると、どうしても評価は一段落ちてしまう。いわゆる「佳作をいくつか作る中堅メーカー」という立ち位置だ。
 しかしサイトロンは、前身のGMO時代からそうしたメーカーの音楽作品も世に送り出してきた。鋭角的な音色で根強いファンを持つ日本物産、「通好み」の一語に尽きるジャレコUPLなど、サイトロン以外ならば見向きもしないようなメーカーのゲームミュージックを、CDとして形に遺し、世に伝えてきたのだ。
 それが時を経て、新たに育ったメーカーがこの1990年という年に、新時代の扉に手を掛けた。他のレーベルのように有名メーカーを根こそぎ囲い込むのではなく、ゲームミュージックの未来を見据えて地道に種を蒔き続けてきたサイトロンが勝ち得た、“実り”と言えるだろう。

 もっとも、この1990年に限れば、それ以上の衝撃がゲームミュージック界に待ち受けていたため、当時の印象は薄かったかもしれない。
 その衝撃的な報せは、6月に発表される。その内容とは――

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