« 【18】真夏の一夜の夢 | トップページ | 【20】歌姫は静かに降臨する »

【19】我思う、故にアレンジあり

 GAME MUSIC FESTIVAL'90は大盛況のうちに幕を閉じた。

 1987年に“萌芽”して以来(【11】1987年、萌芽。参照)、それまでアレンジバージョンにあったイメージは、90年代に至ってずいぶんと変化してきた。
 それまでアレンジと言えば、PSGやFM音源といった独特の音色によるゲームミュージックを、外部のアレンジャーがシンセサイザーなどを用いて編曲するものだった。これは極論すると、一聴すると貧弱な曲を、一般人にも聴けるレベルまで高める作業である。そこにあるのは編曲者の意志、もっと言えばレコード会社側の意志であって、肝心の作曲者の意志がそこに介在するかどうかは怪しい。
 しかし、実際のゲームに使われる音源が進歩したことで、そうしたアレンジの存在意義は徐々に消え失せていった。その代わり、外部の人間ではなく作曲者自身が昇華するという意識改革により、本当の意味でそのゲームミュージックにふさわしいアレンジが成されるようになってきたのだ。
 それは大きなメーカーはもちろん、それ以外のメーカーにも徐々に波及し、他社でもそのような試みが行われるようになってきた。

【カネコ】
 金子製作所が手がけ、1990年に発売された横スクロールシューティングゲーム、『エアバスター』
 テンポが良くスマートなゲーム展開もさることながら、そのゲームミュージックもまた高い評価を受けた。とりわけ1面の曲「SEASIDE FRONT」は、さわやかなメロディラインがゲーム背景の青空とよくマッチし、出色の出来を誇っていた。
 そのCDがサイトロン1500シリーズよりリリースされ、それに「SEASIDE FRONT」のアレンジバージョンも収録されることとなった。
 そこで、そのアレンジを作曲者の渡辺達也自らが手がけ、さらに生ドラムを導入するという意外なアプローチが成された。BPM170前後というハイテンポな曲を叩いたのは、プロドラマーの友田真吾(現在は「友田真五」または「ともだしんご」名義)。数多くの有名ミュージシャンと共演した、名うてのドラマーだ。
 これがまさに完璧とも言えるアレンジを生み出した。爽やかさだけでなく生ドラムならではのグルーヴも加わり、非常に質の良い仕上がりとなった。わずか3分半という短さも、逆に余分な贅肉がなく、かえって後味の残らない爽やかさが強調される効果を生み出した。

 惜しむらくは、これに続くヒット作をカネコが生み出せなかったことだろう。
 その後は『富士山バスター』『大江戸ファイト』という、色物感の強い対戦格闘ゲームが有名になるばかりで、『エアバスター』で得た評価を再び甦らせることはできなかった。家庭用ゲーム機では同年『スーパースターソルジャー』というヒット作も生み出すものの、その後は再び泡沫に消えていった感がある。

【ジャレコ】
 もともといくつかのゲームでは、ゲームミュージックが評価されていたジャレコ。その中には、厳密にはジャレコではなくNMKが開発したタイトルも多く含まれているが、ジャレコ開発作品にももちろん佳曲は多数存在していた。
 そんな中、1988年のアルバム『GAME SOUND JALECO -G.S.M.JALECO 1-』の発売により、ジャレコの楽曲が認知され、さらにサイトロン1500シリーズで『天聖龍』『プラスアルファ』などがリリースされ、好評を得ていた。

 そして90年、アクションゲーム『妖精物語ロッドランド』のCDを1500シリーズよりリリース。
 もともとのゲームは『フェアリーランドストーリー』『バブルボブル』などを想起させる、固定画面のアクション。かわいいグラフィックが特徴で、後にファミコンなどにも移植されている。だが、それ以上に楽曲、さらに言うと「音色」が印象的なゲームだった。
 作曲者は多和田吏。当時はジャレコ所属のサウンド開発者で、ファミコン用ソフト『ドルイド』『ラジカルボンバー地雷くん』、アーケード『キックオフ』『武田信玄』などを経て、前述の『プラスアルファ』が高い評価を受ける。とくにアーケード作品では、一貫して“音色”に強いこだわりが見られ、『キックオフ』のバックに流れる歓声、『プラスアルファ』のティンパニなどに強い印象を残した。他社はギターやベース、ドラムといったオーソドックスな楽器の再現に注力していたのに対し、ジャレコのこの選択は意外ともいえ、また個性とも言える。この『ロッドランド』においても、『プラスアルファ』の路線を受け継ぐかのような柔らかい音色が、ゲームの雰囲気によくマッチし、暖かな印象を残した。

 そして、それ以上にこの作品を印象深いものにしたのが、多和田自身によるアレンジ「交響詩『こどもの国』」。ゲームミュージックを組曲風に組み立て、なんと10分にも及ぶ大作アレンジに仕上げ、CDに収録した。もちろん、これ以前にも『ドラゴンクエスト』をはじめとして、組曲風のアレンジは多数存在する。しかし、作曲者自らが編曲を手がけ、打ち込んだ作品は珍しい。
 そして「こどもの国」というタイトルに込めたメッセージ。真正直な祈りは、今なら「青い」と鼻で笑われるかもしれないが、ストレートな想いはやはり心にストレートに響く。ゲームはお世辞にも大ヒットしたとは言えないので、このアレンジ曲を耳にした人もさほど多くないかもしれないが、それでもこの曲を聴いた人には、確実に惹かれるものがあったはずだ。

 多和田はこの後ジャレコから独立し、『ドラゴンクエスト』シリーズや『ポケットモンスター』シリーズの作曲・アレンジにも名を連ねることとなる。その片鱗は、すでにジャレコ在籍時からうかがえたと言ってもいいだろう。

【コナミ矩形波倶楽部】
 90年前半に『グラディウスIII/コナミ矩形波倶楽部』をリリースしたコナミ矩形波倶楽部。後半に入って『パロディウスだ!/コナミ矩形波倶楽部』『コナミ・ゲーム・ミュージック・コレクションVOL.2』を発売。『パロディウスだ!』はクラシックを大胆にアレンジし、ゲームミュージックに仕立てた珍しい作品で(クラシックのフレーズが使われたことは幾度もあるが、この時期の音源で曲としてきちんと形成されたアレンジは意外にもなかった)、ファンには高い評価を得た。
 また、この頃からコナミレーベルでは、注目タイトルは単体で、それほど注目されないタイトルは何作かをまとめて、それぞれアルバム化する方針を採るようになった。タイトル単体の場合だと、特に価格面でサイトロン1500シリーズやナムコ・ゲーム・ミュージック・エクスプレスシリーズと比較されてしまうが、フルアルバム価格(2,800円程度)にふさわしいタイトルと収録内容(ライナーも含めた)の充実ぶりから、一定の支持は得ていたようである。

 そして11月21日、ついにコナミ矩形波倶楽部は大きな行動を起こす。
 アルバム『矩形波倶楽部』のリリース。これはコナミ矩形波倶楽部のオリジナルアルバムなのだ。ゲームミュージック・バンドの両雄である、S.S.T.BANDもZUNTATAも、いわゆるオリジナルアルバムというものは作成してこなかった。あくまで既存のゲームミュージックのサウンドトラックに、アレンジバージョンを収録するという形式でしかない(S.S.T.BANDのみ、ベストアルバムという形でのリリースはあるが)。しかし、このアルバム『矩形波倶楽部』は、ゲームミュージックのサントラではない、純然たるバンド演奏で占められた作品なのだ。
 しかも、プロデューサーに迎えたのは、T-SQUAREの安藤まさひろ。当時、日本のフュージョンバンドとして人気・実力共に二分していたのが、安藤まさひろ率いるT-SQUAREと、野呂一生率いるCASIOPEA。野呂はすでにS.S.T.BAND楽曲の編曲を手がけており、つまりコナミ矩形波倶楽部はS.S.T.BANDに真っ向から挑戦状を叩きつけた格好となるのだ。
 とはいえ、このアルバム収録曲のうち、純然たるオリジナル曲は3曲。残り7曲は、既存のゲームミュージックのアレンジバージョンであった。つまり、コナミ矩形波倶楽部はこのアルバムでは「ゲームミュージック・バンド」の粋から爪先だけ出した格好でしかない。本当の意味でゲームミュージックという枠から飛び出すには、まだ届かない内容だったと言えよう。

 このように、1990年はS.S.T.BANDとZUNTATAによるライブが好評を受けた一方で、他メーカーも様々な形で独自のアレンジを模索していたのだ。
 今回挙げたように、90年に何らかの形を示したバンドやメーカーもあるが、この年に水面下で準備を進め、翌年からいよいよ形を見せ始めるプロジェクトも、いくつも存在する。
 翌91年より、いよいよゲームミュージックは大輪の花を咲かせることとなるのだ。

NEXT:【20】歌姫は静かに降臨する

|

« 【18】真夏の一夜の夢 | トップページ | 【20】歌姫は静かに降臨する »

ゲームミュージック」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211365/40239035

この記事へのトラックバック一覧です: 【19】我思う、故にアレンジあり:

« 【18】真夏の一夜の夢 | トップページ | 【20】歌姫は静かに降臨する »