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【10】TODを褒めよう――その前に遠藤雅伸を褒めよう!

 前回、『ドルアーガの塔』を褒め称えるために、どうしても避けて通ることのできない『ゼビウス』を褒め称えた。
 なぜ避けて通ることが出来ないのかはさておき。今回は“創造主”とも言うべき、遠藤雅伸について書いてみる。

 遠藤雅伸は1981年ナムコに入社。当時開発中だったシューティングゲームのプロジェクトを引き継ぎ、1983年に『ゼビウス』として世に送り出した。驚くことにゲームはこれが処女作で、それでありながら当時世の中に与えたカルチャーショックは、多大なものがあった。
 『スペースインベーダー』ブームの収束以後、風営法の改正もあってゲームが世間の耳目を集める機会は数少なくなっていったが、そんな中で『ゼビウス』が果たした役割は大きい。「新人類」と当時呼ばれた、旧来の既成概念に囚われない若者が増えたこと、また世がいわゆる“マイコンブーム”を迎えており、コンピュータという存在が身近になってきていたという下地もある。だが、この作品の想像を超えるエポックメイキングぶりが、世の中の注目を集める直接的な原因であったことは、間違いない。
 例えば、NHK教育の若者向け深夜番組『YOU』(司会:糸井重里)をはじめ、各テレビ番組に『ゼビウス』とともに「ゲームデザイナー」遠藤雅伸が出演。当時は“新人類の旗手”とまで呼ばれ、その発想や発言はインタビューやコラムを通じて広まり、話題を呼んでいた。さらに、当時大人気を誇っていた音楽グループ・YMOのリーダー、細野晴臣との交友も生まれるなど、80年代の文化に与えた影響は少なくない。細野は後にナムコゲームの楽曲を集めたアルバム『ビデオ・ゲーム・ミュージック』をプロデュースし、それがゲーム音楽のアルバム化の嚆矢となったわけだから、この分野も大元をたどれば遠藤および『ゼビウス』が発端となったわけだ。
 後日、ナムコを退社し独立してからは、いよいよ多方面にわたり活躍。ファミコン用ソフト『機動戦士Zガンダム ホットスクランブル』では、「遠藤雅伸、Zガンダムに命を吹き込む」というキャッチコピーとともに、本人がひたすらプログラミングを続けるという内容のテレビCMまで放映された(つまり、当時は「Zガンダム」のブランドと「遠藤雅伸」のブランドは、少なくともゲームプレイヤーに対しては双璧と考えられていたと言えよう)。またゲーム・ミュージックのアルバム『ハドソン・ゲーム・ミュージック』ではピアノを弾き、アニメ雑誌などでインタビューや対談が掲載されるなど、多方面にわたる活躍を見せていた。

 ただし、当然のことながらあれだけの作品を、全て一人で作り上げたわけではない。
 多くの人々のアイディアや助けを借り、『ゼビウス』が出来上がったことは、言うまでもない。細野との交友も、前衛音楽を得意とする慶野由利子(代表曲『ディグダグ』『フォゾン』『ドラゴンバスター』etc.)によるあの優れたBGMがなければ、ひょっとしたら生まれていなかったかもしれない。「多くのスタッフを代表しているだけです」とは、かつて某巨大掲示板での本人の弁である。
 しかし、やはりその核心を創り上げたのは、紛れもなく遠藤である。その異才ぶりは、これまでのインタビューや掲示板での本人のコメントを見れば、一目瞭然であろう。単なるSFマニアやプロジェクトマネージャーではないのだ。

 また、ゲームの制作者が、ここまで各メディアに露出し、その言動が注目されたことは、未だかつてないことであった。『スペースインベーダー』の西角友宏、『パックマン』の岩谷徹など、当時の世間一般にも名が知られたゲームの開発者は、まったくもって知られていなかったのだ。もちろん、それらのゲームが発売された時期とは状況が違っていたのかもしれないが、それでも“ゲームデザイナー”という肩書きを名乗り、ゲームを作る側に目を向けさせた功績は大きい。
 この後、『ドラゴンクエスト』を大ヒットさせた堀井雄二や、ビッグマウスぶりで話題を集めた飯野賢治、“スーパーマリオ”の生みの親・宮本茂など、単体でも名が広く知られるゲームデザイナーは増えていった。だが、そのパイオニアと言えば、間違いなく遠藤雅伸になる。
 このように、ゲームのみならずその周辺においても、『ゼビウス』、ひいては遠藤雅伸がもたらした影響は、計り知れない。これが今もって、遠藤が多方面から多大なるリスペクトを集め続けている要因のひとつだろう。

 ゲームデザイナーとして一躍名を上げたとなると、必然的に次回作に注目が集まる。
 その頃の遠藤本人の状況は、邪神の啓示に詳しいが、次なるCPUへの対応のため勉強がてらゲームを試作しつつ、当時頭に浮かんでいた壮大な三部作ストーリーを纏めていた。
 プロトタイプであった作品を見た上司から製品化を打診されるも、ストーリーを三部作の最初から見せたいとした遠藤は第一作目の制作を提案。結果的にはそちらでゴーサインが出る。
 当時インカムが落ちていた『マッピー』の基板を用い、世に出回っていた基板2000枚のROMのみを差し替えることで、生産コストを下げるという手法を考案。さらに早くからアイディアが固まっていたためか、開発は驚くほどスムースに進み、わずか半年で遠藤雅伸の“次回作”は完成した。

 それが、『ドルアーガの塔』である。

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