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【14】TODを褒めよう――RPGとしての評価

 このゲームは全60面(ゲーム中の表記は「FLOOR」、ファンの間では通常「階」と呼ばれる)構成である。
 今考えてみても、パズルゲームでもない限り全部で60面もあるゲームというのは、なかなかない。ましてやアーケードゲームにおいては、なおさらだ。対戦格闘ゲームに例えれば、「面」はCPUと戦う回数(人数)ということになる。60人も倒さなければならない格ゲーというのも、考えただけでどっと疲れが出るところだろう。
 しかし、『ドルアーガの塔』においてこの全60面というのは、じつはかなり理想的なボリュームなのだ。

 そもそも『ドルアーガの塔』が全60面という構成になったのは、遠藤雅伸本人が語ったところによると「当時、日本で一番高いビルが東京・池袋のサンシャイン60だったから」という理由から。話だけ聞くと、じつに他愛のない理由で決めたように思える。しかし、結果的にゲームとして冗長となるでもなく破綻するわけでもなかったことを考えると、これだけの理由で全60階にしたとは思えない。
 その答えのひとつが、このゲームが持つ“RPG的要素”にあると言えるだろう。
 ここでいう(そして俗に言わていれる)RPG的要素というのは、取りも直さず『ウルティマ』風であり『ウィザードリィ』風であり『ダンジョンズ&ドラゴンズ』風である、ということ。ただ、これは「中世風の世界で剣士が戦う」という狭い意味ではない。戦いの中でギルが数々のアイテムを発見し、それらを身につけることで「徐々に成長していく」点を指している。

 最初のうちは、壁を壊せるようになったり足が速くなったりと、あまり戦闘とは関係のない要素でギルの性能が向上していく。また、序盤で手に入る剣や盾、鎧などは直接ギルの強さには影響を及ぼさないものの、徐々にギル自身の姿が変化していき、視覚的にゲーム開始直後のギルとは何かが違っていることがわかる。
 やがて中盤にさしかかると、様々な装備を身につけることでギルは強くなっていく。それを実感できるのは、ある程度塔を登ったときにブルーナイトやドルイドゴーストといった、初期に遭遇するHPをある程度有した敵と戦うときだろう。具体的には、18階でドラゴンスレイヤーを手に入れる前と手に入れたあとでは、ドルイドゴーストを倒すのに要する交差の数が明らかに異なる。ここで、この剣を取ったことで、ギルが強くなったことが実感できるわけだ。
 さらには今まで悩まされていたファイアー・エレメントやウィル・オー・ウィスプが無効化されたり、クォックスなどのドラゴン系を足止めできたりと、しだいにギルの前に立ちはだかる障害は減っていく。やがてはドルアーガ討伐に必要なアイテムや、ギルの力を最強にするアイテムなどが手に入り、序盤の頃とは比較にならないほどの力を備えた戦士に成長を遂げる。

 こうした60にもおよぶ階層の中において、それぞれの階でアイテムが出現し、ギルを成長させていく(もちろん、中には成長と呼べないようなアイテムやマイナス効果のあるアイテムもあるし、アイテムそのものが存在しない階すらあるが)。
 極論すれば、これは“レベルが60まで上げられるRPGをプレイしているのと同じ事ではないだろうか?
 階を上がるごとにギルは成長し、やがて58階ぶんもの成長を積み重ねた状態でドルアーガと相対する。それまで積み重ねてきた経験と技術、そして成長したその身を以て、魔王を討伐し、愛しき人のもとにたどり着く。これこそ、まさしくRPG的展開と言えるだろう。

 また、当時のアーケードゲームとして一番風変わりな点が、「得点が重要視されていない」ことだ。
 これも当時の遠藤雅伸の回想なのだが、「得点に意味はない」と明言しており、「ゲームは得点を競うものだ!」と豪語するお偉いさん(当時の社長・中村雅哉氏ではないとのこと)を納得させるために、変わった得点システムを導入している。
 具体的には、途中でゲームオーバーになったのちコンティニュープレイをすると、その階数に応じてボーナスポイントが入るというもの。つまり、1コインクリアよりもコンティニューをしてクリアした方が高い得点が入るという、いわゆるハイスコアラーにとっては至極稼ぎがいのないゲームというわけだ。
 また、このコンティニューにおけるボーナスの存在意義を聞かれると、「逆説的に、このゲームでは点数より大事なものがあるという主張」とも答えている。それはすなわち「ゲームをクリアすること」なのだろう。当時のアーケードゲームは、そのほとんどで特定の面が果てしなく繰り返され、バグなどでゲームがストップしないかぎり無限に遊ぶことも不可能ではなかった(遠藤雅伸の前作『ゼビウス』もその例に漏れなかった)。60階をクリアするとエンディング画面が流れ、ゲームが強制的に終わるよう作られたのも、この『ドルアーガの塔』が嚆矢と言える。
 ゲームの目的が得点を競うことではなく、エンディングを見ることにある点は、言い換えれば「ゲームの主人公・ギルとして、塔を登りドルアーガを倒し、カイを救い出す」ことそのものがゲームのシステムであり面白さ、ということになる。プレイヤーはギルとなり、様々な困難を乗りこえて、エンディングを目指す…これもまた、「役割を演ずるゲーム」というRPGの定義からは些かも外れることがない、と言えよう。「ギルとなること」が、このゲームをクリアするための第一条件と言っても、過言ではないだろう。

 今でこそRPGというジャンルはコンピュータゲームの一大ジャンルとなり、今でも『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』と言った作品は、ビッグタイトルとして揺るぎない。
 しかし、世の中にそんなジャンルがあるとほとんど知られていない1984年に、まさしくRPG的なアプローチでアクションゲームを、しかもアーケードゲームとして発表したのは、異端中の異端だったと言えよう。
 それがどれほどの衝撃をもって迎えられたのか。それはこの作品でギルとなり、20年以上経った今でもバビロニアン・キャッスル・サーガの虜となり続けている人々が、雄弁に語ってくれるだろう。

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